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2015年7月

夢分析Ⅱ-6-7

夢分析Ⅱの

夏学期(五~六月)

第六部の第七講で、

1930618日の

セミナーです。

 

霊媒の少年について

考えます。以前の夢でも、

何度か「少年」が現われています。

 

もちろん、出てきた「少年」が

いつも同じものを象徴して

いるとは限りません。

 

夢見手の中の子どもっぽい部分で、

プエル・アエテルヌスには、

肯定的な部分もあるし、否定的な

部分もあります。少年だからと

言って、すべて天使や無邪気とは

限っていません。

 

また、子どもの夢は、

より集合的な無意識とつながっていて、

より古い儀式や象徴が蘇ります。

 

大人の中の「子ども」は、

本能を通して遥か昔や未来の

集合的な無意識と繋がっていて、

過去と未来をつなぐ橋です。

 

逃げた鼠が猿人になっています。

曾祖母への暴行は、パニックになると、

母親にすがりつく子どもになります。

 

パニックや苦痛が極を越えると、

神話や元型パターンが現われて

至福になるというエクスタシスが

起こります。

 

そういう時に解決をもたらすのは

とても役にたちそうに見えないもの

であることが多いということわざもあるそうです。

 

キリストとエジプトのオリシス神話は

共通点が多く、カトリック教会も、

それを認めています。

 

そのセトが猿人、イシスが曾祖母。

 

共通点や名づけることは、

エジプト医学は、神話の中の

その症状に当たるものを

唱えることですが、

現代の医学でも病名が

わかって安心して収まる

という場合もあります。

 

じゃ何故、狂人が曾祖母に

飛びついたのか?

それは性的な興奮じゃないかと

 

猿人自身が、再び母なる

イシスの中に戻って、

救われたくなっていたと

言います。

 

この「戻って」をユングは

説明しているのだと思うのですが、

説明が難しくて、あまり理解が

追いついていません。

 

古代や子ども・未開部族の発想で、

魔術というものは、

ブーメランのように、

殺意なら殺意を誰かに

放つと、その殺意が

いつか自分に帰って来る

ので、戻って来ることに

対しての注意を怠ると

自身も犠牲になると言います。

 

殺意だけじゃなくて、

魅惑もそうで、当人も

そうでないと、そういう

魔術も使えないとも言います。

 

魔術で殺されそうになった

体験のある人だけが、

殺意の魔術を身に付けられ、

魅惑された体験者が、

魅惑魔法を使えるという

ことらしいです。

 

単なる感情と、もっと

身体的なものを、

ユングは情動と呼びますが、

強い怒りの情動の場にいると、

 

…たぶん暴動になるような

デモに参加していてというような

ことではないかと思います。

 

そういう場にいて、周りの皆が

「打倒カダフィー!」とか叫ぶと

こっちも戦慄して来て鼓動も

激しくなって…頭で同意という

ことじゃなくて、ワーッと

一緒に行動してしまうということが

あるようで、ユングはそれを

感染と呼んでいます。

 

怒りばかりじゃなくて、

周りの大勢が笑いの発作に

みまわれて笑い転げて

いると、どうしても

あらがえずに笑ってしまう

という例も挙げています。

 

つまり、ブーメランのような

魔術は、情動感染の一つで、

ここでは書いていませんが、

傷ついたことのある人だけが、

癒しのヒーラーになれるという

考えだと思います。

 

個人的なレベルで解決できない

葛藤に、元型レベルのイシスを

召喚したのです。

 

夢見手は、キチンとした人で、

いろいろな抑圧を自分でもどうしても

解くことが出来ません。

 

そこで、母なる大自然に委ねる

のですが、我々がなかなか怖くて

委ねられないのには理由もあって、

大自然には、癒しや再生の力と

同時に破壊や崩壊をもたらす力も

あり、それを都合よくコントロール

することは難しいのです。

 

性の抑圧による神経症の少女は

乱交すれば解放されるのか、

自尊感情や文明的価値も

失って後悔することになってしまう

とユングは言います。

コントロールされた社会枠の

結婚という中に収めながら

満たして行くと…健全に癒される

可能性もあると言っています。

 

この夢の中での解決策は、

この経過をずっと撮影して

来たカメラマンにあるのでは

ないかというところで、

この七講を終わっています。

 

夢分析Ⅱ-6-6

 

夢分析Ⅱの

 

夏学期(五~六月)

 

第六部の第六講で、

 

1930611日の

 

セミナーです。

 

 

 

主人格に統合されにくい

 

本能や衝動は、別の人格

 

として独立しやすいので、

 

それを意識化して統合して

 

行かなければなりません。

 

 

 

前回の夢28は、聖オルギウスと

 

龍退治の神話を下敷きにして、

 

龍が子どもを産む亀に

 

変わっていたのだと言います。

 

 

 

そういう神話的・宗教的な

 

夢の後は、実務的な夢に

 

なりやすいと言います。

 

 

 

29

 

「高級綿の市場は、

 

今はあまり売れずに

 

停滞しているのに、

 

会社を任せた義弟は、

 

仕入価格も高騰しているのに、

 

高品質の綿を今まで通り

 

大量に仕入ていて、

 

削減しないと巨額の損失を

 

産みそうで心配していた」

 

 

 

連想…現実的で客観的水準で

 

解釈できる。義弟は、判断が

 

遅くて心配しているという。

 

 

 

価値あるものだが、

 

売れていないというが、

 

つまり、分析で得たものを

 

彼が適用しようともしていない

 

…ということを示しています。

 

 

 

男性一般の話ですが、

 

実践を一切していないのに、

 

いかに行動すべきかの本が

 

書けるという人もいるぐらいで、

 

男性は考える力はあるが、

 

実践する力が劣等だと言います。

 

 

 

宙を漂う素晴らしい考えに

 

同一化してしまってる男性は、

 

考えただけで、もうすでに

 

実現してしまったぐらいに

 

思ってしまうと言います。

 

 

 

女性一般も、知っていると

 

思い込んでいても本当は

 

知らないということが

 

多く、そのことが実現化を

 

阻んでいると言います。

 

 

 

男性は毎日決心しても、

 

それをなかなか実行が

 

できないという実現力に

 

障害があり、女性的な

 

陰の力を得ないと実行

 

していくようになれない

 

と言います。

 

 

 

一方、女性は、考えなくても

 

身を委ねることができて、

 

考えなくても、多くをなしうる

 

そうです。

 

 

 

こういう陰の力が男性に

 

必要だと言います。

 

 

 

夢の中の高級品を

 

買いたがらない大衆とは、

 

この夢見手自身のことで、

 

劣等な実現力…惰性の中に

 

いるということなのです。

 

 

 

夢見手は、妻も話し合うことに

 

乗り気ではないと言っていましたが、

 

この後、陰の力を強化して、

 

彼が変われた後には、

 

妻も簡単に変われたので、

 

妻が乗り気じゃないという

 

話は言い訳に過ぎなかったのです。

 

 

 

話し合えなかったのは、

 

彼の「惰性」という抵抗が

 

大きな要因だったのです。

 

 

 

30

 

「大きな家具運搬用の

 

トラックが荷物を満載して

 

通りかかります。

 

 

 

背の高いスラリとした

 

運転手は車の上で

 

曲芸をしていました。

 

 

 

急にトラックが小さな家に

 

変わります。

 

 

 

その運転手は、素っ裸で

 

粗野で卑猥な猿人に変わって、

 

天井の近くの棚で体操しています。

 

 

 

同じ部屋に他にも何人かの人がいて、

 

その中に、一人の少年もいた。

 

まるで降霊会のような雰囲気で

 

誰かを呼び出すようです。

 

 

 

誰かが「曾祖母を呼び出して

 

皆で強姦しよう」と言います。

 

 

 

少年が硬直してトランス状態に

 

なると、急に灰色の髪でありながら、

 

若い立派な顔つきの老婦人が

 

現われます。

 

 

 

天井にへばりついていた猿人が

 

急に降りて来て、彼女に飛びつきます。

 

 

 

彼女はもがいて、どうにか窓から

 

飛び降ります。しかし、そこで

 

腕を捕まれてしまいます。

 

 

 

男は、窓を壊したのは彼女だと

 

罵っている。彼女は、集まっていた

 

人たちと一緒にどこかに去ります。

 

 

 

部屋にいた一人の男が、

 

この経過を撮影しており、

 

フィルムを安全な場所に

 

保管しようとしていた。

 

 

 

私が窓の外を見ると、

 

砲兵隊が大砲に弾を込めて

 

私たちの家に照準を合わせている。

 

 

 

私は皆に切迫しているから、

 

地下室に逃げようという。

 

 

 

カメラマンはフィルムさえ

 

安全なら他のことは皆

 

どうでもいいという。

 

映画の成功は彼にとって

 

いい商売になるらしい」

 

 

 

連想…

 

トラック、人々が引っ越しをする。

 

運転手…「村の雄鶏」とたいていの

 

村に一人や二人はいる肉体美を

 

誇る抑制のない愚か者を思い出す。

 

すぐに動物的で粗野で卑猥な猿人に

 

変わってしまいます。

 

少年は霊媒で、アニマである曾祖母

 

と繋がっている。

 

 

 

カメラマンが映画にしたということは、

 

「それを忘れるべきではない」ということ。

 

地下室は、自分の中に引きこもる。

 

 

 

解釈…

 

長く細かい部分がたくさんあって、

 

全体として扱うのは難しく、

 

場面場面で考えて後であわせて

 

みるのが良いと言います。

 

 

 

移動するトラックから

 

家に変化しています。

 

定住するという

 

別な水準になっています。

 

 

 

意識の荷物を持って引っ越しても、

 

次々、無意識の荷物が時間差で

 

運ばれてきます。

 

 

 

心は、一瞬にして遠くまで

 

見渡せる『眼』の機能だけ

 

から出来ているのではなくて、

 

もっと不器用な機能も多いし、

 

 

 

意識は、1を聞いて10を

 

理解したとしても、感情は

 

まだ感じられていません。

 

 

 

すべてを知ったとしても、

 

同化している訳ではなく、

 

時間をかけてゆっくりと

 

皮膚に染み込んで来るのです。

 

 

 

軍隊の先頭を意識として、

 

隊列のうしろは何マイルも

 

うしろまで続いているという

 

こともあります。

 

 

 

ユングのところにアメリカから

 

分析を受けに来る人たちは、

 

ユーロッパにいるのに、

 

見ている夢はアメリカのまま

 

だつたりして…以前を引きずって

 

生きているのです。

 

 

 

結婚はも個人と個人の結びつき

 

と思いやすいのですが、

 

祖父母・曾祖父母…ずっと

 

遡って行く祖先のすべてが

 

そこに群がっていて、すぐには

 

現われませんが、じょじょに

 

現われて来ます。

 

遡るのは、猿人に至るまでです。

 

 

 

意識だけなら思考で変えられますが、

 

本当の変化は、そこから長い年月が

 

かかるし、地震に等しいぐらい。

 

 

 

ある強迫神経症患者は、

 

18歳から48歳まで仮の世界にいて、

 

責任のあることは回避して、

 

起こった変化も、仮なので無効に

 

してしまって、彼の世界では何も

 

思っていないのです。

 

 

 

無駄にした30年間を認める

 

決心がつかないと、本当には

 

治る気がない人が多いのです。

 

 

 

でも、定住したということは、

 

仮ではなく、腹を決めたという

 

ことなのです。

 

 

 

猿人が暴れるような部屋ですが、

 

無視することが一番いい対応だと

 

ユングはいいます。

 

 

 

無意識の一部に対して、

 

怯えてしまうということが

 

もっとも良くないことになる

 

と言います。

 

 

 

運転手や猿人の曲芸は

 

…ベッドから鼠が逃げ出した夢と

 

関係しています。

 

 

 

村の雄鶏…は、夢見手の影です。

 

合理的で抑制された正しい人です。

 

その影は、直感的思考や、

 

根拠の薄い類推などで、夢見手の

 

意識では習得していた体操を、

 

猿人という無意識も習得しようと

 

しているのだと言います。

 

 

 

母親だと…現実の母親を

 

表わすことが多いのですが、

 

祖母は…その元とか、

 

そして曾祖母は、グレート・

 

マザーそのものを表わすと

 

言います。

 

 

 

顔だけ若いのは、アニマ的な

 

側面を同時に持ているからです。

 

 

 

このへんで、六講は終わっています。

 

 

 

夢分析Ⅱ-6-5

夢分析Ⅱの

夏学期(五~六月)

第六部の第五講で、

193064日の

セミナーです。

 

27の従業員について、

彼の中の連想はなかったが、

こういう従属的な力とか、

委託された力を意味している

のではとユングは言います。

 

自転車で、はじめバランスが

とれるようになるまでは、

皆四苦八苦するが、

コツを掴むと意識しなくても、

無意識の中のシステムが、

従業員的なコンプレックスが、

勝手に実行してくれるのです。

 

無意識の中の自律性の話から、

テーブル・ラッピングや

テーブル・ターニングとユングが言い、

直接の説明は書かれていませんが、

そのあとのユングの話からも

たぶん日本で言う「こっくりさん」の

ことのようです。

 

断片的な人格のかけらのように、

部分的なことを勝手にやれる無意識の

部分があることを強調しています。

 

葬式の途中で、笑ってはいけないと

思うのに、茶化すような考えが出て来て

一生懸命、笑を堪えたり、するような

反射的な断片から、夢の登場人物のような、

一つの人格のようなものまで、

無意識の中で、いろいろな人格がいます。

 

その人格が、主人格から

解離してしまっていると問題があるし、

精神病者の幻聴のようになると、

自分以外の考えとなってしまいます。

 

27で常備薬を他に

持ち出したというのは、

小さな区画の中に閉じ込めて、

整理整頓して交じり

合わないように…

自動的にしてきた彼の

やり方が変わろうとしています。

 

鼠が逃げた時から、何かが

起こることは確実です。

新しい三番目の子供が

夢の中で動き出すのです。

 

28

「ある子どもの声が

『プールへ行こう』と呼びかけます。

その子は、水の中に大きな

動物がいるといいますが、

その子と一緒に行くと、

プールではなく、ベッドで、

子供がベッド・カバーをはがすと、

 

巨大な亀がいます。

(ノミ)の金属部を手に持って、

その木製部で、瓶の頭を打つと、

亀が口を開いて、生きた子どもを

吐き出しました」

 

連想…プール・水、無意識で、

ベッドも夢を見る場所。

木製部というのは、

殺そうとじゃなく、

打ち負かしたいだけだった。

子どもは子宮の中の胎児のよう。

 

誘った子どもは、彼の子じゃなく、

夢の中の三番目の子。

 

亀…から、鰐などの進化の

系統のかなり以前の、

哺乳類的な情緒交流の

届かない蛇・鰐に近い

冷血動物の残酷さや、

飼い馴らしていても

いつ変わるかわからない

人間のコントロールが

至らないような、

根源的な動物です。

 

亀の特性は、自分の

家に引っ込む。

甲羅で装甲した中に

引っ込む。長寿で、

老いて賢いという

超越機能を表わし、

合理と非合理の対立の

和解…そこから新しい

ものが生れます。

 

新しいものは、

それまでのものか

見ると、いつも

異様なものですが、

亀は水陸両生という面で

他の冷血動物の中でも

際立っています。

 

鰐は貪欲な食欲を

表わしますが、亀は

鰐よりは蛇に近いと

言っています。

 

鑿は、ファロスの

アナロジーがあり、

侵入も表わしています。

この後の夢で、壁の背後に

真実があると知って、

槍で壁を貫通させようと

します。

 

ただ、鑿の金属部でなら、

殺すことになるが、ここでは

木製の取っ手の方で、

龍の体内から宝を手に入れる

ように、殺さずに子どもを

手に入れています。

 

また、殺さずに支配すると

いうことで、その場合には

その内容を意識化しなければ

なりません。

 

子どもで表わされる無意識を、

意識が同化する必要があった

のです。

 

この夢見手だけでなく、

誰でもセラピストが

夢見手に説明すると

「ああそうか。なるほど」と

夢見手がわかったとしても

数週間後に同じ説明をして、

再び感激するということを

六七回繰り返してじょじょに

わかっていくということは

多いのだとユングは言います。

 

イニシャル・ドリームで、

分析の全過程を含む夢を

見たりしますが、もし、

一度でそれを完璧に理解

できたら、そこで分析が

終わってしまいます。

 

眺めただけで、漠然としか

していません。

 

ユングは医者である患者の例を

示します。初回夢から、母親と

ベッタリであることが問題と

示されて、ユングが再三、

そのことを本人に伝えて

いましたが、六週間目になって

やっと母親との関係に問題が、

あったことを「発見」します。

 

ユングが今までも言って来たと

伝えると「あぁ、でも冗談だと

思ってましたし、今でも母を

独り残して生活することが

良いとは思いません」と言って

いました。

 

そんなことを十回二十回も

繰り返して、母と離れるしかないと

決意した時に、「とても滑りやすい

険しい山を登らなきゃいけないが

下を見ると母も登って来ようとしていて、

危ないから追いかけないでと叫びますが、

母が滑って骨折する」という夢をみます。

その次の日に、現実にも母が骨折した

連絡を受けます。

 

彼が何故あれほど、わかっても

忘れたりしたのかには、

それ相応の理由…それほど

母親には危機的だということが

わかつていたからで、なので

ユングは「焦っては駄目なのだ」

と言っています。ただ、

辛抱強く、繰り返し言うしかない

と言っています。

 

 

 

夢分析Ⅱ-6-4

夢分析Ⅱの

夏学期(五~六月)

第六部の第四講で、

1930528日の

セミナーです。

 

第三講での鏡映過程によって

引き起こされる実効力の減少に

ついての補足から始まっています。

 

洞察力や自己批判力が高まると、

東洋的な「無為」「何もしないこと」

にもつながっていることは事実。

 

しかし、東洋的無為と正反対の

アメリカ的効率主義は、

インディビジュアルな個体性をも

破壊することになり、

東洋と西洋効率主義は、

融合されていくことが

大切だと言っています。

 

夢が「新しい子」について

語る時は、新しい観念や新しい試み

が生まれつつあることを示しています。

 

27

「彼の商社が、北アフリカで、

コーヒーの輸出に関わる

新しい支社を開きました。

 

大英帝国内にあって、

フランスのミッシェル&ジャロブウ社との

合弁会社でもあります。

 

商社の中に、新しい独立した部屋を

持つべきだと考えて、部屋の中の物を

他の部屋に移し、部屋を空にします。

 

他に移したものは、ビンや箱でした。

新しい従業員がやって来て、彼に

「今までの事業も継続されるのか、

それとも放棄されるのか」と聞かれます。

 

彼は、新しい事業は副業に過ぎず、

以前の事業を継続するのは自明だと、

すべてフランス語で会話していた」

 

連想…北アフリカでは、コーヒーが

多く消費されるが、生産できないので、

輸出をするということは不可能だと。

 

「ミッシェル&ジャロブウ社」からは、

彼が今まで取引した会社の中でも、

大手で誇りにしているタイヤ会社の

ミシュランを連想しています。

 

ジャロブウからは、シューレという

両性具有の話を書く作家を連想しました。

 

移そうとしたビンや箱からは、

家庭常備薬の箱を連想し、

彼が非常に心気的で、健康に対しての

固執的な関心があり、健康向上の

ためのサプリメントを幾つも愛用しています。

 

ミシュランとの合弁から、この事業の

リスクは大手が分かち合ってくれるという

安心感があります。

 

しかし、消費だけして生産していない

地域から輸出をするという非合理性に

ショックも受けています。

 

彼にとって、まったく関係もなかった

宗教性のようなものが、彼の中で

重要であったということを理解し始めて

来ているようです。

 

 

 

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