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ヴィジョン・セミナーⅠ-2-8

ヴィジョン・セミナーⅠの

冬期第二部の第八講

1931318日の

セミナーです。

 

ヴィジョンの続き

「私は洞窟の穴から出る。

山羊と白蛇がついて来ます。

 

光輝く黄金の円盤が地面に

あるのを見つけます。

 

その黄金の円盤の上に、

呑み込んだ黒蛇が、

喉から跳び出して、

落ちると一握りの灰に

変わりました」

 

この黄金の円盤は、

木の下にあった

黄金の池が変化したものです。

 

黄金の円盤は太陽でもあり、

火なので燃えて灰になります。

 

彼女が吐き出したのではなく、

蛇が自分で跳び出したようです。

 

「喉から」ということに

なってはいまるのですが、

教養のある女性の場合は、

露骨に性的なものからとは

表現せずに隠喩化した可能性も

あります。

 

また、ヨガのクンダリーニという蛇も

下腹部から脊椎を上昇していきます。

 

そして身体の中で昇華されて変容します。

 

ここで言う昇華は、「性的なファンタジーを

ピアノを弾くことに向けた」という程度の

昇華ではなく、抑圧のことを言っているの

ではないと言います。

 

真の昇華とは、性的ファンタジーの受容であり、

理解の及ぶ限り、その性的事実を自分の生の

中に組み込んでいくことです。

 

灰になるとは、黒蛇によって身篭るような

変容イメージで、フェニックスのように、

燃えて灰になって、再び鳥として蘇ります。

 

フェニックスより、もっと古い象徴として、

ペルシャ神話のセメンダというものがあります。

 

セメンダでは、一度灰から蛇に変容し、

その蛇から鳥へと変容していきます。

 

ヴィジョンの続き

「白蛇たちは円盤の傍らでとぐろを巻き、

山羊もそこに立ち尽くしていた。

私は一人で歩き続け、黒い壁のところまで

やってきました。

 

壁には、一つの星と一つの目が見えます。

私は壁伝いに歩きながら、壁を通り抜けて

いく道を探した」

これが、今回の一連のヴィジョンの最後です。

 

動物たちを黄金の池に残したまま、

明らかに彼女は、上方に向かっています。

 

黒い…完璧な闇の壁…障害物ですが、

一つの星…昔は星は天の膜に穴が開いて

と考えられてきました。

 

目は何か。光を受け取るという働きと、

光を放射するという働きがあります。

 

科学的な観点から言うと、

目は感覚器官で、外界の光を

受け取るという働きだけです。

西洋的な、外向的な考えです。

 

しかし、デカルトの「我思うに我あり」

という考え方のように、「目の前の机は、

私が『そこに机があると思うから、

机が存在する』という考え方もあります。

 

心理学で言う「投影」で、

通常はスクリーンや、投影される

外界の事物があるが、その事物に

いろいろな意味を付加したり、

その中に幻想を映し出してみると

いう考え方もあるのです。

 

映写機の光を放射する穴を、

目と同じように考えます。

こういう内向的な考えは東洋的です。

 

あるヴィジョンを見ても、

それは我々が作り出しただけと

考えて、合理的説明で力を去勢します。

 

でも、人間は知性だけで、

記憶にない、知らない物を

作り出すということはできません。

 

天啓を受けてダマスカスに向かうパウロに、

それは幻に過ぎないとか、性的リビドーの

抑圧に過ぎないと言っても、彼の心には

響きません。

 

合理的な説明ができなくても、

彼にとっての真理なのです。

 

ユングの目的も、科学的な心理学体系を

打ち立てることではないと言います。

 

個人にとって、決定的となる方向に

向かう障害物を取り除く方法を知る

ということが、目的だといいます。

 

ユング自身、ユングの目指すのは、

科学ではないと言っています。

 

ある別の女性患者は、感覚的な事実に

のみ拘ってしまうので、無意識に

近づいていけないということもあります。

 

悪魔をチラッと見るだけでラーの神は、

視力を失います。そして、セトに片目を

貰って回復します。

 

ヴォータンも、言葉を話す泉ミミルに、

知恵の水を一口飲ませて貰う代わりに、

片方の目を捧げています。大地の知恵との

つながりを得るために、目=知性を

犠牲にしなければなりません。

 

目を瞑って、外を見ないようにして、

内界を探ることでしか、わからない

知恵があるのです。

エマーソンの引用をし、「円こそ神」とか、

円環が補償的な働きであること、

カトリック教会にも目が描かれているが、

エジプトの「ホルスの目」からのもので、

「すべてを見、すべてを生み出す」もの

と、円がいかに原初的な大事なものかを

示しています。

 

西洋科学だけで言ってしまうと、

目は、知覚器官とという身体プロセスに

過ぎないものになるが、ファンタジーを

生み出すという面も備えているが、

西洋の概念だけだと、幻で実体のない

迷いごとでしかないことになるが、

 

中国では、星を光を放つ陽で、宇宙を示し、

目は陰だが、生理現象だけに還元できない

創造が含まれる主体的要素だと考えている

ということを示して、八講を終わっています。

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